慈光通信 第223号
2019.10.1
食物と健康 4
前理事長・医師 梁瀬義亮
【この原稿は、1991年1月 日本有機農業研究会発行の「梁瀬義亮特集」に掲載されたものです。】
2、私の体験から
放火犯をおわず火消しに奔走する医療
これは一体どうしたら本当に病気をなくすことができるのだろうか。
私は、こういう例えを考えたのです。放火犯がいてさかんに火をつける。これに対し、現在の医療の行き方は消防隊なんです。消防隊は一生懸命に火を消しにいくが、放火犯をとらえる努力を忘れている。いたずらに消防隊のみ強化しておったなら、これはとうてい追いつくものではないのみならず、消化の水で家は壊れてしまう。
これと同じように、生活というものをよく反省し、何によって病気が起きるかという反省なくして、出てきた結果である病気だけを、医薬品ないしその他の物理療などをもって抑えようとすれば、ますます国民を病気にさせるだけである。現代医学は病気を一時的に抑えたり、形を変えさせるだけであって、根本的に病人をなくし病気をなくするものじゃないのだ、ということに気付いたのです。
患者の食生活を調べる
そうすると、医者であることが非常に苦痛になってきたのです。それからいろいろ考えたのですが、これから患者さん一人一人について、その方の生活の傾向を調べてみよう。特に食事についての傾向を探ってみよう。
これは学会に発表するような正確なものは出ないことはわかっている。なぜなれば条件が余りにも複雑であるから。だが五里霧中の中でも。食事の傾向をずっと探っていったならば、何か出てくるに違いない。そして私に医師としての一つの方向を与えてくれるに違いない、とこういうことを考えたわけです。
このような動機によりまして、私は自分が当たる患者さんの食事について、その傾向をずっと全部調べたのです。カルテが1万枚になるまでやり続けた。1万人の人の傾向を聞いたなら、私の頭の中に漠然とではあっても、何かわかってくるに違いない、と思ったからです。
食物と栄養という問題をその時に考えたわけです。その時に、患者さんに尋ねた傾向の要領なんですが、それは簡単な7項目です。
1、あなたは、お米は白米ですか、半搗き米ですか?麦飯ですか?
2、肉食をどの程度とりますか。1週間に何回ぐらいとりますか?(卵・乳製品その他の動物性食物も含めて)
3、野菜について
1) 非常によく食べる
2) 食べない
3) 大嫌い(まったく食べない)海藻についても同様
4、果物についても同様
5、砂糖について(甘いもの)白砂糖をどういう風にとっているか。
6、酒はどうか
7、タバコはどうか。
終戦後(これは後になって追加したものだが)は特にインスタント食品について。
このようにして、カルテが一万枚になるまで調べたわけです。これは昭和23年から27年にかけて行ったのです。
この聞き取りの間に、私がだんだんわかってきたことはこういうことです。
以下、次号に続く
過炭酸ナトリウムを使って楽々お掃除♪
過炭酸ナトリウム、あまりなじみのない名前ですが、これは酸素系漂白剤のことです。過炭酸ナトリウムは衣類の漂白剤としてはもちろん、気になる食器類の油汚れや茶渋落とし、布巾やスポンジの除菌や脱臭、お風呂の湯あかやカビ落としなどにも一役買う、お掃除の頼もしい味方です。また、使った後は酸素、水、炭酸ソーダに分解され、有毒な成分も発生しないので地球にやさしく、安心して使えます。以前には酸素系漂白剤を使った洗濯槽の除菌や掃除について掲載しました。今回は他の使い方をご紹介します。
食器洗いに
食器や調理器具は表面の汚れを落とし、2?のお湯に5gの過炭酸ナトリウムを溶かして食器をつけ置きます。布巾やスポンジは浮かないように皿の下に入れるなど、工夫してください。油汚れや急須の茶渋、手を入れて洗うことのできない水筒の内側や弁当箱のパッキンなどもこれできれいになります。除菌効果もあるのでスポンジや布巾の嫌な臭いもなくなります。後は水でよくすすぎますが、ヌルヌルが気になる場合はクエン酸を溶かした水溶液にさっとつけてからすすぎます。
また、布巾についたシミを落とす時は、過炭酸ナトリウム大さじ2、重曹大さじ2、水大さじ1から2を混ぜてペーストを作り、このペーストをシミのところに塗り込み、しばらくおいてから水でよくすすぎ洗いをすると簡単にシミが取れます。
風呂掃除に
お風呂のまだ温かい残り湯に過炭酸ナトリウムを溶かして桶やイス、浴槽の蓋などのバス小物を数時間つけ、シャワーですすぎます。残り湯を洗濯槽に移すためのホースも一緒につけます。何回か繰り返すうちに湯あかもカビもだんだん気にならなくなります。
注意しなければいけないことは、過酸化ナトリウムを溶かしたものからは酸素が発生するので密封した容器に入れないこと。ステンレス以外の金属製品や漆器、絹やウール、草木染めの布製品には使えないということです。また、市販されている酸素系漂白剤の中には合成界面活性剤の入ったものもありますのでご注意ください。
農場便り 10月
初秋の午後、手を休め、クワを大地に突き立て大空を見上げる。ひつじ雲がきれいな列を作り、西から東の空へと足早に流れてゆく。いつの間にか大空の雲は力強い雲から優しく静かな雲へと姿を変えた。
この夏、感動するほどの美しい風景にはお目にかかることがなく、只々暑苦しい湿度の高い日々を畑で過ごした。そんな中にも一つ、夏の楽しみがある。熱い昼下がり、3時を回ったころ東から南東の空にかけて見事な積乱雲が湧き上がる。その雲にはまるで生命が宿るかのように、空高く見事に成長する。湧き上がる雲は夏の空を支配するかのように、空のキャンパスを真っ白に埋め尽くす。夕刻には真っ白な空が夕日に染まり、まさに大自然が織りなす美である。まるで獣の息吹を感じさせる積乱雲は、夕日が沈む頃には風にあおられ、やがて小さく分かれ空の彼方へと消えていく。畑で夏を謳歌したきゅうりも今は生命を終え、干からびたツルとなり、秋風と共に運ばれてきた赤トンボが止まり羽を休める。
夏もお盆を越えると例年ならば朝夕涼しくなる季節へと進んでいくところだが、ここ数年いつまでも猛暑は続く。6月から始まった夏野菜の収穫は9月下旬まで連日続き、身体が悲鳴を上げ始める。夏の食卓を賑わせたきゅうりは毎年9月に入ると急に形が変わり、太く短い実が成り始める。さらに涼しさが進むと雌花が咲かなくなり、その後一気に終焉を迎える。「ご苦労さま」と言葉をかけ、根元を作業バサミで切り、次の作物の栽培のため片付けに取り掛かる。
暑い日が続く中、農場の金木犀が甘い香りを漂わせ、秋の香りがダンゴ鼻に届く。黄色く色付いた田んぼのアゼには曼殊沙華の真っ赤な花が今盛りと咲き誇る。曼殊沙華の花はあまり縁起が良くない、と幼い頃に聞いた記憶がある。確かにアゼに咲く花は毒々しく、美しいとは言い難い。飛び交う他の蝶は寄せ付けず、黒アゲハだけが曼殊沙華の花を求めて飛び回る。
夏は去り、遅ればせながら秋がやってくる。畑のいたるところに糸を張り巡らせた女郎蜘蛛が大きく育ち、見事な巣を作り、初秋のご馳走を今か今かと身を潜めて待つ。そこに予期せぬ大きな獲物が太い糸に絡みつく。イノシシか?…いや、一人でもいつも賑やかな耕人である。人一倍大きな顔に幾何学模様のクモの巣が絡みつき、素肌に絹の糸なら絵になるが、太く粘着性の強いクモの糸ほど不快なものはない。想像を絶する大きな獲物にクモは一目散に逃げ、残された獲物耕人も奇声を上げもがき苦しむ。粘着力の強い蜘蛛の糸は絡んだ獲物がもがけばもがく程どんどん深みにはまる。そんな時には慌てず、前進で糸に絡んだ場合はまず止まり、そのまま動ず、大きく深呼吸をしゆっくり後退し、蜘蛛が仕組んだトラップから脱出する。この方法で、冬を迎える前に死んでいく益虫の蜘蛛の家を潰すことなく、蜘蛛も一生を全うできる。この業は一シーズン何十回もクモの巣に御用となった経験からの知恵であり、この光景は毎年繰り返される晩夏から初秋にかけての農場での風物詩である。人生も同じく、大きな壁にぶち当たった時は一旦停止して心を落ち着かせ、冷静沈着に行動する。決して強引に進むなかれと教えられた。以来、それを私は、何事か大きなことが起こる度、それを思い出し行動することにしている。
8月下旬より消化しなければならない作業が目白押しとなった。春作の後のこれでもかとはびこる雑草の畑をきれいに片づけ、大量の堆肥を持ち込み散布をし、畑の周りの草も刈る…出来る限りではあるが。その後、トラクターによる耕運、畝立て、整地。苗場では、7月中旬に播種したキャベツ・ブロッコリー・カリフラワー、少し遅れて白菜の苗が大きく育ち畑への定植を待つ。まずは、涼しさが早く訪れる山の畑から定植が始まる。
第?のコースキャベツ「おきな」君、京都タキイ種苗所属、7月25日播種の小苗で7.5cmのポリポットへ移植。一本一本丁寧に植え替え、専用トレイに60ポットずつ入れ育苗する。使用する土も有機栽培用の土を使用し、一切の化学物質を混入しない。猛暑の中、防虫ネットに守られて大きく苗は育ち、8月25日、山の農場へと定植された。「トレイの苗を移植せずに直接畑に定植すれば」と思われる方もいらっしゃると思うが、完全無農薬栽培において、苗が小さければ小さいほど夜な夜な出没する害虫による食害のリスクは高く、ガッチリ大きく育った苗が必要となる。これも長年の経験からの耕人の浅知恵である。
肥沃であるが荒々しい土の山の農場にキャベツ、ブロッコリー、カリフラワーと次々に定植していく。定植後はたっぷりの水を頭からかけ、少しの間防虫ネットで覆うが、地を這う害虫はどこからともなくネットの中を安住の地と決め、三食昼寝付きの人生を送る。
時を同じくして大根や小松菜の種を播く。8月下旬より2週間、雨が降らず苗はうなだれ、大根などは発芽が遅れホースでの散水を余儀なくされる。水やりは早朝か夕刻たっぷり与えると2、3日は持つのだが、お日様が照り付ける空を恨めしく見上げる。その間も他の畑の準備に追われ、種まきを順次行う。忙しさはピークを迎え、豚の手も借りたい程となり、厳しい日射しに麦わら帽子の下は真っ黒に日焼けした顔、ぎらついた目、しかし服に隠れたお腹はポッコリふっくらそのまんまである。
猛暑に播種を行った大根や小松菜は懸念していた通り発芽、生育が悪く半量になる。9月に入りまた次の播種が始まる。小松菜、大根、カブ、サラダ水菜など他にも直接種を播く。その場合は苗の定植に比べ細かい畑土を必要とするため、トラクターのロータリー回転を一速上げ、2回、3回と耕していく。後の播種はお任せとばかりに間抜けな名の「種まきゴンベイ」の出番となる。長さ50mの畑で一畝4条。手で播くとかなりの時間と根気が必要となるが、種播き機なら短時間で完成となる。しかしこのマシーン、播き溝の覆土は深すぎても浅すぎても発芽しないため、この調整には細心の注意を要する。播種完了後、たっぷりの水を与え、9月初旬ならこれもまた防虫ネットを頭からすっぽり掛け作業を終える。2?3日で発芽、それと同時に仲良く手を取り雑草も芽を出す。
9月9日、ポットで育苗した白菜を定植。無農薬栽培が最も困難とされる白菜、35年以上栽培しているが、この早い時期での栽培は毎年ヒヤヒヤドキドキで、時には大失敗もする。近隣の畑で有機栽培を唱える生産者もあるが、モンシロチョウがその畑には寄り付かず、当会の畑の上を我が物顔で飛び回るという魔訶不思議な光景である。あまり虫に好まれるのもよくないが、虫が寄り付かないというのもどうかと。どうか会員の皆様、巷に氾濫する無農薬有機栽培の言葉に惑わされることがありませんようご注意ください。本年度は8種類の種子を時期をずらしながら播種。8月14日に播種した早生種も山の荒い大地で防虫ネットの中で大きく育っている。白菜畑を見回る度、鍋料理が目の前をチラつく。10月に入ると害虫の動きを見ながら油粕などの追肥を行い、「一日も早く皆様にお届けできますように」と畑で手を合わせ大自然の神々に祈りをささげる。当会のJAS公認の農薬も一切使用しない純粋な白菜をこの冬思い切り楽しんでいただくことができますように。9月下旬まで白菜の定植は続く。
7月25日に播種、そして山に定植したキャベツも順調に育つ。葉は大きく、大自然のエネルギーをわれ先にと吸い取っていく。害虫による被害もなくこの調子でいけば晩秋から初冬にはみずみずしいキャベツの球を収穫することができる。
キャベツのとなりのブロッコリーやカリフラワーも育っているが、暑さを苦手とするこれらの作物にとって、この残暑は過酷である。収穫にはまだ長い時間を要し、7月中旬に播種していても、早くて11月中下旬、ともすれば12月に入り込む可能性もあり得る。農業はスローペースで進み、工業製品と同じ思考で扱うことはできない。合理主義の下に会社組織で行う農業は大地を愛することもなく、自然の摂理を無視し、生命をも無視した農業である。
時間のかかるブロッコリーとカリフラワーはもう花芽が出るかな、と楽しみに見回るがなかなか芽が出ず、日が進むにつれ外気温も下がり、これもまた成長を抑制する原因となる。もうしばらくお待ちを。両者の体は大きく、長い葉を地上部近くまで成長させる。このあまりにも立派な葉をどうにか使うことはできないかと考えるが、カリフラワーの葉は異常に青臭く、ブロッコリーもそれに近い。花芽だけを収穫し、残る90%以上の葉や茎は大地の肥やしとなる。
秋冬用の大根もゴンベイの力を借り見事に発芽、日増しに葉の領域を広げていく。他にも葉物などを11月中に播き終え、厳冬期にはビニルトンネルで寒さから作物を守る。しかしながら種は播けども後の管理は…?「何とかなるさ」を信条に栽培に取り組む。ニンニクの定植や播種の合間には来年の秋冬作用として100tの堆肥を準備、一年後には完熟堆肥となり約2/3の量となる。もう少しの間農作業に追われる日々が続く。霜が降りる11月中旬には少し「ホッ」と一息つける日がやってくる。その日まで全力で農作業に励む。
9月13日中秋の名月。空を仰ぎ見ても厚い雲に夜空は覆われ、美しい月は姿を現さなかった。翌夜、東の空に満月が姿を現す。美しい月は柔らかい光を放ち夜空を輝かせる。今夜だけは夜空に宝石をちりばめたような星は身を潜める。
夕刻、うす暗くなった農場でススキの穂を探すが、この厳しい残暑にいまだ姿を現さず、代わりに日ごろは憎き雑草と呼ばれるエノコロ草など数種の穂を摘み、家路を急ぐ。他の花と共に家人が生け、仏壇とお月様にお供えする。「月より団子」今宵は就寝までダンゴの姿を見ることはなかった…。日本が織りなす四季と文化を肌と舌で感じる日本古来の風習が後生まで受け継がれますように。
夏場の播種はネギと玉ねぎで終わる。平素じっくり見ることのない種の袋に目をやる。作物の特徴や栽培時の注意など細かく記載され、最下部には種の採種国名がある。何と「南アフリカ」と「南米チリ」ワールドカップでもあるまいし、日本の歴史的京野菜の九条ネギが海を渡りアフリカ大陸から稲穂の国へ。「ようこそ」という前に思わずため息が出る。「世の中何かおかしくありませんか?」と月に問うてみる。月は優しい光を放つだけ。慈悲に満ちた月光が月からの答えかもしれない。
月見ダンゴが今も頭をよぎり、未練が老醜の始まりとなる耕人より