慈光通信 第210号
2017.8.1
患者と共に歩んだ無農薬農業の運動 10
前理事長・医師 梁瀬義亮
【この原稿は、1991年1月 日本有機農業研究会発行の「梁瀬義亮特集」に掲載されたものです。】
地上で土にしてから土に返せ
「土から出たものを土に返せ」と篤農家は教えてくれたので、私たちはもう、有機農法でなければならんと思って、鶏糞でも油カスでも何でもみな土の中へ入れたのです。そうしてよく出来るだろうと思ったら、実に惨たんたるものでした。病虫害が大発生してメチャクチャです。
「これは一体どうしたことだろう」と途方に暮れ、苦労に苦労を重ねた結果、ついに分かったのです。私はある日、山の家に往診に行った時、見ると雑木がビッシリと生えているのです。私はこれだけの密植した雑木がこんなに大きくなるのは、たいしたものだと思って、どういうわけかと見たら、その下に落葉が積っています。
「落葉はこんなにたいした肥料になるのかなあ」と思って、私はその落葉をさわって見て、その時パッと分かったのです。
― 自然はわれわれに何を教えてくれたか ―
それは有機質は必ず、土の上で積って一番下で完全に分解され、空気のたくさん通る条件(好気条件下)で好気性菌に完全分解されたものが土の中に入っていって、それが植物のエサになった時に植物がよく育つということです。
私たちは何をやっておったかというと、土から出たものをそのまま土に入れておりました。これは自然で行われないことです。土の中に入れると空気があまり十分ではないから、そこには嫌気性菌という酸素の嫌いな微生物が発生します。この酸素の嫌いな微生物によって分解された有機分は非常にくさいし、いやな有毒ガスを発生します。そして有毒な中間産物が出来てくるのです。これが植物に吸収されると植物は病気になり、これが植物の根を傷めるわけです。「これだっ」ということ が分かりました。
単に「土から出たものを土に返す」のではなくて「地上で土に返してから土に返せ」これを行うと自然の教える農法に従うわけです。これでやって私たちは成功するようになりました。と同時にほんとうに楽しい農法です。土から出たものは必ず土にしてから返せ―この土にしてということが今まで行われていた堆肥農法ということなのです。
そうすると、みなさまの中に農業のご経験のある方は「何だ、またあのくさい、重労働に帰れというのか」とおっしゃるかもしれませんが、そうではないのです。この堆肥を作る方法の改良進歩が農業の進歩であります。農業は堆肥農法においてしかないのです。即ち「土から出たものを土にして土に返す」という、この、「土にして」という過程の工夫においていろいろの農法があり、いろいろの工夫があります。しかしこの原理をはずして、土を殺し天敵を殺すような農法は、これは人間の行う農法ではない。これはどこか違う世界の「悪魔の国の農法」であると私は信じております。
有機農法というのは要するに、自然が教えてくれる農法であって、土から出たもの(有機質)を地上で土にしてから、土に返す、ことによって、私たちがいつまでも十分に美味しくて健康的な、そして日持ちのする農産物を自然から与えられる農法です。これが有機農法です。
一方では、自然農法とは、放っておいたら自然が全てやってくれる自然農法であるかのごとくいわれる方がいますが、そうではないと思います。
自然は、私たちにタンパクやらビタミンやら酵素やら実に大変な、人間のとても出来ない合成をしてくれ、われわれに食を与えてくれます。けれども私たちは、ある程度のお助けをしなければなりません。これをどの程度にお助けするか、これがまた大事な有機農業の研究題目です。今まで有機農業が、得てしてあまりにも人間が構え過ぎて、自然がありがた迷惑になって、かえって作物が出来にくくなったことも事実です。しかし、全て放っておいたらいいというのでは決してないのです。
正しい有機農法(自然農法)というのは、非常に手の掛からない農法であることに間違いないのです。自然がわれわれを生かしてやろう、与えてやろう、自然のご意思に従って行く農法であるからです。
もし、このようにして得られた食物材料で、私が最初に申しましたような食物の組み合わせをして食生活をしますと、病気は驚くほど減ります。
その一つのいい例が、棡原(ゆずりはら)村(山梨県)という日本一の健康長寿村が無医村だということです。また、世界一の健康不老長寿の国、ヒマラヤ山中のフンザ国はお医者さんがいないということです。そこは平均年齢八〇数歳そして八〇歳、九〇歳まで重労働に耐えるようなすばらしい体力を持った国民の国です。その国が、お医者さんのいらない国です。
こういった正しい農法によって得られたビタミン、ミネラル、酵素などの豊富で、おいしい、腐らない、そして何の添加物も味付けもいらない農作物をいただいて、そしてよく運動をしておるならば、私たちは非常に健康なのです。
以下、次号に続く
みなさんは「香害」という言葉をご存知でしょうか。
「香害」とは、香水や香りつきの洗濯洗剤・柔軟剤などの香料が発する香りに起因し、不快感を感じたり、健康に害を受けたりすることです。
最近見た洗剤のコマーシャルを思い出してみて下さい。
洗濯物のいい香りがいつまでも続き、夕方までうっとり。香りが幸せまで運んできた!このような画を思い浮かべたかたも多いのではないでしょうか。
しかし、実際にはその香りで「げっそり」することもしばしばです。満員電車の中、色々な香りが混ざり合って気分が悪くなったこと、強烈な香りで「あ、あの人がいたんだな」と誰の香りかわかることはありませんか。こうした「香害」は電車の中ばかりでなく、喫茶店やレストラン、居酒屋などいたるところで広がっています。
香りの感じ方には個人差があり、同じ香りでも、人によって「良い」と感じるもの、「不快」と感じるものなど様々です。
また、不快感だけではなく、咳や頭痛、吐き気などの症状を発することもあります。
ここ10年程で、洗剤メーカーは洗浄力に一定の自信を持ち、さらなる差別化を図るべく「香り」に力を入れて洗剤を開発するようになりました。そうした製品が新たに次々と売り出され、ドラッグストアやスーパーなどにずらりと並んでいます。
ただ、コストを抑えるため、通常の柔軟剤や洗濯用洗剤だけでなく、においの強い安価な合成香料を使用することがほとんどで、これが「香害」の元となります。もともと合成洗剤には、合成界面活性剤が河川などを汚染するという問題がありますが、今ではさらに「香害」が加わりました。
2013年9月、国民生活センターが会見を開き、「柔軟剤のにおいについては、においの強さの感じ方には個人差がある。使用量が過度にならないよう、配慮する必要性がある。」との見解を示しました。
「香料」というのは化学的に合成もしくは抽出された化学物質であり、ガス状に揮発して鼻腔内の嗅覚受容体にキャッチされて匂いを感じます。すなわち、匂いを感じている=化学物質が体内に侵入しているということなのです。
香りの厄介な点は、近くの人から自分にとっては不快な匂いがして来ても、同じ空間にいる以上それを防ぐ方法がないという事です。合成洗剤や化学薬品の害は使用する人に直接降りかかりますが、「香り」は自分だけではなく周りの人にまで影響を与えてしまうのです。
ただの香りとはいえ、合成化学薬品を使用した柔軟剤の主成分となっているカチオン界面活性剤の残留性や香料の毒性は、合成洗剤より強いものもあります。また、香料を長持ちさせるために増粘剤を配合するなどしているため、これらの薬品が繊維
に多く残留してしまう危険性があります。さらに、香りを持続させるために記載量よりも多く使用するという人も多く、これでは毒を重ね塗りしているようなものです。大人でも多くのトラブルが発生しているのです。赤ちゃんに使うのは絶対に止めましょう。肌の薄い赤ちゃんは皮膚に薬品の浸透がしやすく、乳児湿疹やアトピーの原因となることがあります。
柔軟剤を使用すると確かにふわふわになります。いい香りもします。しかし、自分ばかりではなく他人にまで影響を与えてしまうこともあります。
お酒の強い人と弱い人がいるのと同じように、匂いのもとになる揮発性の化学物質にも同様の耐性の差があると考えるべきです。
「香害」は人によって健康障害を起こす危険のある深刻な問題なのです。
自分の身の回りの香りについて一度考えてみましょう。
農場便り 8月
真っ青な空に湧き上がった入道雲が黒雲へと姿を変えてゆく。西方より和泉山脈をなめるように雨雲が押し寄せる。
ポツポツと体をたたく雨粒は、あっという間に大粒になり周りを呑み込んでゆく。雨脚はますます強くなり、大きなきゅうりの葉を容赦なく叩き、水煙が周りを包み込む。雨雲は右に強風、左に雷鳴を従え荒れ狂う。今春孵った豆粒ほどの雨がえるの赤ちゃんが、荒れ狂う風に負けじときゅうりにしがみつく。一瞬にして全身がずぶぬれになったが、既に農作業で吹きだした汗で全身がずぶぬれ状態。普通であれば雨ガッパを着用するが、高温多湿の中の作業は雨だか汗だかわからないため、そのままきゅうりの収穫を続ける。異常な高温で火照った体を雨粒が冷やしてくれ、まさに天然のシャワー。道を通る人がずぶぬれの私の姿に驚きの目を向ける。
雨をもたらした黒雲は、強風に乗り東の空へ、代わって西の空の割れ目より夕日が射し込み、一転して平和なかがやきが周囲の緑を映し出す。
ベートーヴェン第6番「田園」の最終章が現実となり目の前に現れる。早朝、夕方と二度行う夏野菜の収穫を終え、思いもよらぬ幾つものドラマがあった一日が終わろうとしている。
5月にひ弱な早苗が植えられた水田は、稲が大きく成長し、一面を緑に変えた。黒雲が運んだ風が時折夕日でオレンジに輝く稲穂を揺らす。あとわずかで上空には赤とんぼの舞う姿を見ることが出来る。
稲田は日本の文化を作り、日本人としての人を育てるすべてのルーツでもある。かつて米は政治経済の中心であり、家の勢力的指標にもされていた。この稲作や米について書かせていただく。
米の起源は、中国で12000年前と言われ、日本への伝来は朝鮮半島、中国、沖縄と3ルートあり、縄文時代から栽培されていたことが考古学の見地からも確認されている。日本の米の種類は300種以上あり、コシヒカリ、あきたこまち、ササニシキなどがブランド化されている。
世界に目をやると生産・消費共に中国が多く、輸出国ではタイを始めアメリカ、インド、パキスタンとなっている。米・小麦・トウモロコシが世界三大穀物とされ、世界で6億5千万トン生産されている。日本の中心的農産物の米は約8百万トン生産され、全盛期からは年々低下の一途を辿っている。一昔前までは、御三度きっちりお米をいただいた食生活も近年では欧米化し、お米が食卓に上がらない日もあるのではないだろうか。お米文化の衰退は日本人の健康を阻害し、食の文化、日本の文化を根底から変えてしまった。昔はご飯をお腹いっぱい食するのが日本人の幸せであった。稲はあらゆる自然災害にも耐えうる力を宿し、幾万年もの間東洋人を支えてきたいのちの源ではなかったのであろうか。
米は栄養価が高く、パワーの源となるでんぷん質を多く含み、タンパク質、脂肪、ビタミンも多く、ビタミンE・B1・B2・B6、アイシン、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、鉄、亜鉛、銅、マンガン、ミネラルなどを含む。玄米で食すれば、これらの多くの栄養価が得られるので、できるだけ黒いお米をおすすめしたい。
当会の協力農家の稲作は次の手順で行われる。切り株がまだ残る厳冬に荒起こしを行い、土中に酸素を入れる。そして春先に本起こしをしてあぜを塗り、水を張り、代かき、そして田植えとなる。4月には、苗場でもみ蒔きを行う。肥料は、堆肥、油粕で化学肥料は一切使用しないのが慈光会の農法である。
暑い夏に除草をし、追肥、そして待ちに待った収穫となる。収穫を終えた米は15から17℃の冷温倉庫で出番を待つ。有機栽培と一般栽培では米の栄養価が著しく異なる。現行の栽培では、除草剤を始め殺虫・殺菌剤を多用し、国内産とは言え決して安全なものではない。化学薬品の入らない水田では、数多くの生物が育ち生態系を作る。八十八の手間をかけたお米は大自然からの恵みであり、協力農家の皆さんに感謝。
8月、お盆も間近、今朝もきゅうり、ナスなど夏野菜の収穫に励む。早起きの子ガエルが前日の雨で出来た水たまりで遊ぶ。子ガエルが私の長靴の音に気付き、一目散にきゅうりの葉陰に逃げ込む。ほとんどが地味な土ガエルの子供であるが、中には殿様ガエルの子も交じる。小さな生命を踏んでしまわぬよう、きゅうり、カエル、と目をクルクルさせながら小またで進む。
収穫の時間は、考える時間でもある。作業は単純、自然と脳裏に色々なことが浮かぶ。安倍内閣、そして北朝鮮問題等々。自国だけではなく東アジアから世界を巻き込む大問題が頭を駆け巡る。
早朝、まだ涼しい時間帯は色々なことを考えるが、時間がたち全身から汗が吹き出し息が上がる頃にはそんな思いなどとは無縁となり、ただただ葉陰に隠れるきゅうりやナスの実を探し求めるだけとなる。
前理事長の言葉が脳裏をよぎる。「如何なる大国や力を持つ者も、それが間違った方向に行くのであれば、外からではなく内より腐敗し滅んでゆく。かつての大国も独裁者もそうであった。国民の堕落もまた同じく国を滅ぼす。」右の耳から入り左の耳から抜けてゆくはずの頭の中にかろうじて残っていた言葉である。今現在の日本は如何なるものであろうか。
「忖度(そんたく)」という言葉が頭上を飛び交う。今の日本人は経済中心で、国民はそれらに洗脳される。「そんたく」ではなく「そんとく」が人の心を支配する。いつの日か「美徳」を良しとし、大自然が微笑んでくれる日をと願う。
今日も高温多湿、涼しい時間に始まった作業も時がたち、お日様は高いところまで登り、強烈な日差しがわが身を焦がす。「心頭滅却すれば火もまた涼し」とは安土時代、信長に焼き討ちされた恵林寺の高僧、快川紹喜の猛火に包まれた建物の中での言葉であるが、心頭滅却などとはほど遠い私は35℃の猛暑で悲鳴を上げる。極楽の余り風は吹かず。間もなく迎えるお盆には地獄の釜の蓋が開くそうである。地獄の猛火が灼熱の太陽と化し私を呑み込む。ああ恐ろしや・・・。
家にも閻魔様がいた農場より