慈光通信 第225号
2020.2.1
食物と健康 6
前理事長・医師 梁瀬義亮
【この原稿は、1991年1月 日本有機農業研究会発行の「梁瀬義亮特集」に掲載されたものです。】
3、食物と健康
第1 欠乏について
ちょうどそのころ、東北大学の名誉教授である近藤正二先生が、非常に立派な報告をされました。
先生は25年にわたって、全国700カ町村、長寿村・短命村、多病村・少病村と、いろんな村を綿密に調査されまして研究し、とりまとめられた報告があったわけです。
このきわめて詳細な報告の内容が、私が患者さんの食生活をおおまかに調査してきた傾向と、ぴったりと符合する、まったくそのままに、少しのちがいもなく同じ結果を示していたのです。私はただ漠然と傾向をみただけなのですが、この結果に対して非常に自信をえたわけです。
健康長寿の国、フンザ国とアゼルバイジャン
このころ、アメリカのバニクという医学者が、当時秘境といわれたフンザ国に行った時の記録を読む機会がありました。
このフンザ国というのは、インドの北、ヒマヤラ山麓にある人口3万ばかりの小さな王国であります。今から約2000年ほど前、アレキサンダー大王が、インドの討伐に向ったときに、その一将軍が何らかの事由で、ペルシャの婦人を伴って、軍を離脱して山に入り、そこに作った王国だそうです。
このフンザ国が、驚くべき健康と長寿の国であったのです。90歳くらいの人々が、どしどし山をかけめぐって仕事をしている。この国の人たちの食生活のことを、バニク博士の報告によって知ったわけです。
結論から申しますと、フンザ国は完全な農業国でありまして、その農法は、土から出たものはすべて土にして土にかえすことを鉄則にしている(化学肥料や農薬は国法で禁じている)。もし作物に病気が起こるか、害虫がわいたときには、王国にいる専門の係官が行って、その農家の堆肥の作り方の指導をして、堆肥作りをやり直す、という。
実に健康で幸福そのものの国民で、フンザ人ほど笑いの絶えない人間はない、という記述があるのです。
しかも、畑地の生命というものは、大体800年間どまりということを聞いておったのですが、このフンザ国では、狭い土地に輪作に輪作を重ねながら、2000年作り続けて、しかも、いささかも地力が衰えていないという事実を知ったことなのです。私にとって非常な驚きだったわけです。
フンザ国では、主食は粗くひいた麦の粉で、チャパァティスという、ドラ焼きのようなものです。それと、あらゆる種類の野菜、油はアンズの油を使っています。果物はたくさんの種類をつくって食べていますが、ほとんど完全な採食のみのところです。年に一回だけお祭りのときに羊の肉を食べる。鶏はまったく飼っていない、ということです。
また世界的に有名な長寿村、ソ連のコーカサス、アゼルバイジャン地方で、150歳になるというシラリ・ムスリモフさんという人の話を聞くと、長生きの秘訣は、実に簡単な生活にある。早寝、早起きしてよい空気を吸い、食べ物は、粗くひいた雑穀と野菜を食べる。そして筋肉労働をして、禁酒・禁煙することだ、と書かれてあるのを見ました。健康と長寿というものは、案外簡単な私たちの生活の中から作り出せるものだ、ということをしみじみ感じさせられたわけです。
以下、次号に続く
スープでデトックス
「新型コロナウイルス」が世間を騒がせている今、外出するとマスクをした人ばかり。「新型コロナウイルス」の陰に隠れて、実はインフルエンザで休校になっている学校もあるとか。もうすぐ花粉症の季節もやって来るというのに、店頭でマスクが品切れで買えない、インターネットでマスクが高額で売られている、などと大変なことになっています。
感染予防には、こまめな手洗いやマスクの着用、できる限り無駄な外出を避け、公共交通機関や人混みの多いところを避けること。もう一つ大切なことは十分な睡眠と健康な食生活で免疫力を高めるということです。食生活の改善は自分でも簡単にできることです。あまり無駄な外出をしたくない今、家で簡単にできるスープでデトックスしてみませんか。
まず、デトックスとは、「解毒」ということです。体内に溜まった毒素や老廃物を輩出して、心身ともに健康な状態に導くこと。老廃物が体内に溜まったままになってしまうと、腸内環境が乱れたり、代謝が落ちてしまったりと、体に多くの不調が現れます。デトックスすることにより、便秘の改善、腸内環境を整える、基礎代謝を上げる、むくみを解消などの効果が期待でき、健康維持に役立ちます。
さっと簡単にできるスープをご紹介します。
◇野菜室の余り物スープ
冷蔵庫の残った野菜の切れ端とサイコロに切ったベーコン、鶏ガラスープ、トマト缶またはトマトジュースを入れて煮込み、塩、コショウで味付けします。余った野菜を簡単に消化でき、翌日はカレーなどにリメイクしても美味しい一品です。
◇白菜のジンジャーコンソメスープ
バターで、ベーコン、白菜、人参を炒めてから水を入れ、コンソメ、塩、コショウで味を調え、仕上げに多めの生姜のすりおろしを加えます。生姜効果で体がポカポカ温まります。
◇いろいろキノコのスープ
数種のキノコと白菜、レンコンのすりおろし、鶏ガラスープを入れて煮ます。塩、コショウで味付けし、仕上げに生姜のすりおろし、ごま油を入れ、すりごま、きざみネギをのせて。おろしたレンコンで優しいとろみがつきます。キノコは食物繊維が豊富で満腹感のあるスープになります。
以上、ご家庭で簡単にできるデトックススープです。まずは、体調を整えることから始めてみませんか。
農場便り 2月
暮れも押し迫った23日、世間が「クリスマスイブイブ」で盛り上がる中、農場ではお正月に向けての大収穫が始まる最終週を迎えた。机の前に座り、宅配、配送、店舗用と項目を分けて全種それぞれの収穫の日時、数量をチラシの裏に書き込む。チラシの白い面がこれでもかとばかりに出荷のスケジュールで埋まってゆく。一年の締めくくりがチラシの裏書きとは、少々私の貧乏臭さが露呈する。12月23日の収穫メニューは白菜、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、大根、大小の蕪、ネギ、雑煮大根、ごぼう、小松菜、山芋、里芋、とメモを見ただけで眩暈がする。スロースターターの私にとってはかなりのストレスである。
まず土の中で眠るごぼうと山芋に着手、ユンボで掘った深い溝をスコップで崩し、姿を見せたゴボウを抜き取っていく。しかしながらこの畑は3年間のブランクがたたり土が固くなっているため、今一歩根の伸びが悪く形の悪いものが多い。ようやくコンテナ山盛りいっぱいに掘り起し、次には隣の山芋へと行きたいところだが、これは掘り出すのに少々時間がかかるため、年明けに持ち越すことにする。続いて大根を収穫、葉元を握り一気に大地より引き抜く。黒い大地の中から太く白く美しい大根が姿を現し、そっと畑に並べていく。それをコンテナに詰め、気合と共に肩に担ぎ上げ、畝間をヨタヨタとおぼつかない足取りでトラックの荷台へと運ぶ。大根は重量級の野菜で、大コンテナいっぱいに詰めるとかなりの重さになるため、山小屋に荷を上げる歩荷(ぼっか)の姿に自分の姿を重ね、悦に入る。何でもかんでも妄想に浸る悪い癖の持ち主である。
次は里芋掘りに別の畑へ移動する。大きな株の何カ所かにスコップを蹴り込み、ゴロンと大きな親株を掘り上げる。親株の下にはたくさんの子芋が育ち、突然寒空に放り出された想定外の事態に呆然としている。親株から引き離されるのを最後まで拒む子芋もいる。山盛りになったコンテナを周りの畑の人が驚く程の大きな掛け声をかけながら肩に担ぎ上げ、運び出そうとしたその瞬間、腰に激痛が走った。「しまった!」と思った時にはもうすでに遅く、持病の腰痛からお歳暮が届いた。涙目で何とかトラックの荷台まで里芋を運び、ひたすら動画サイトで見つけた体操を繰り返す。どうにかこうにか動けるようにはなったが、痛みが消えることがないまま、残りの大小の蕪、小松菜、白菜、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーと順に収穫を消化し、無事ノルマ達成。トラックの運転席によじ登り作業所へ。
大根、ゴボウ、カブの泥をきれいに洗い流し、次に束ねた小松菜もきれいに洗う。例年であればこの作業は冷たい水に震えながら行うのだが、今シーズンの暖冬のためその心配もなく行うことが出来る。帰宅後も骨盤の矯正体操は、泡の出る水の誘惑も後にして行い、その後泡は無事に胃袋へ。翌日からも腰を騙し騙し、裏紙に書かれた収穫の作業を行い、ようやく本年最後の収穫日を迎えた。
最後に行った大根の収穫、これ以上腰を悪くしないよう小さなコンテナで運ぶことにする(小心者)。最後の最後に大地から引き抜かれた大根をグイッと目の前にかざし、「君は運が良いのか悪いのか?」と問いかけ、返ってくることのない答えに「明日、君はどこかの食卓を賑わし、健康を与えることができる大根人生であった。」と勝手に答え、本年最後の収穫を終えて安堵すると同時に腰の痛みを思い出す。「人間気力が八割」という前理事長の言葉を思い出すと共に「マジでほんまに痛いんや」と畑でこれもまた本年最後の愚痴をこぼす。29日夕刻、職員と一年の労をねぎらい、当会の一年に幕を下ろす。
30日、お餅を搗き、口いっぱいに頬張るこの時のみ腰の痛さは忘れている。31日、墨汁を撒いたような漆黒の夜空にたき火の火柱が立ち上がる。低い音の梵鐘が町中に響き渡る。火を囲み、人々が鐘の順番を待ち、手を合わせて鐘を撞く。打ち手の願いが鐘の音に乗り、西方十万億土へと運ばれてゆく。
明けて元日、家人と娘が丹精込めて作ったテーブル一杯の祝いの品をお腹いっぱいいただき、お屠蘇もほどほどに、何をすることもなく終日自室にこもる。行く当てもない山岳地図を開き、PCでルートを調べ山頂を極めたかのような気分で音楽を聴き、ストーブの炎をじっと見つめながら時間は足早に去ってゆく。今年は、毎年庭にお年賀を伝えに来る野鳥の姿を見ることはなかった。
3日の朝、農場に残しているキャベツ、ブロッコリー、パセリの苗に水を与えに行く。本年初仕事である。小鳥は不審者の侵入に一斉に飛び立つ。苗は元気に育ち、お屠蘇代わりに農場のプールの水を頭からぶっかけた後、畑に「本年もよろしく」と合掌一礼。
帰宅後、毎年恒例となっている長谷の観音様に初詣。長い石段を一歩一歩踏みしめながら本堂へと。石段の途中、たくさんの寒牡丹が寒さから守るためにコモで覆われ美しく咲く。本堂では新年のお勤めが行われ、他では感じることのできない荘厳な空気に包まれている。心ばかりの浄財で最大のお願いをする私と家人、本年もぶれることなく多くのお願いことを心の中でつぶやく。「当会が益々活躍できますように」
1月5日、正月休みも残すところあと僅かになり、また長い長い一年を思うと不安が頭をよぎる。思うことは毎年同じで、成長の兆しがない私は例により鬱気分。仕事をすることが嫌なわけではなく、これから一年、無事に農作業を行い、作物を生産できるのだろうかという不安からくる鬱である。仕事始めの時間が迫り、颯爽と愛車のスーパーカブにまたがって販売所へと。到着すると同時に不安が消え、心が落ち着き、職員と新年のあいさつを交わした後に作業に取り掛かる。
まずは店舗の外回りから始め、年越しのホコリや空き家となったクモの巣を圧力水で一気に取り去る。次にガラスを磨き、透明で美しい窓へと変身して完成。次に待っているのは、厄介者の旧販売所の屋根掃除。毎年、秋に神社の木立が葉を落とし、とんでもない量の葉っぱが屋根に積もる。大型ブロアーで一気に下の地面へと吹き飛ばした後、竹ぼうきで掃き集める。道端にお祀りしているお地蔵様のホコリと落葉も一気に吹き飛ばす。少々荒っぽいお地蔵さまの御身拭いではあるが、祠(ほこら)も美しい姿となる。職員全員がそれぞれの掃除を済ませ、皆で明日からの活躍を誓い解散。心地よい汗が背中を湿らせる。
1月6日、店舗の野菜の補充のため朝一番、全種類の収穫に走り回る。お正月休みのぐうたらな日々が祟ったのか、収穫のために屈むのが苦しい。平素からポッコリお腹ではあるが、さらに呼吸がしづらく苦しい。この年になってもまだ部分的に成長を続けているとは情けないことである。
作業開始と同時に真新しい日誌にペンを走らせる。これからの一年、作業の事やあらゆる農場での出来事などをしたためておく。いかなる時もページを開けば何らかの答えが見つかるように、何年にも亘って書き記した農場日誌は私の宝物である。初めのページは一年が月別に分かれたページ、そこにはこれからの一年間の播種の予定を書き込む。前年度と照らし合わせながらきれいに枠組みされたページに一種類ずつ野菜の名前を書き入れてゆく。誤字脱字は、私の日誌では何のその。一気に書き入れ、すべての月が野菜で埋め尽くされる。少し冷静になってみると、誰がこれだけの野菜を育ててゆくのかと思える種類と量、あくまでも目標は大きく。
暮れに目にした小林一茶の句「ともかくも あなたまかせの 年の暮れ」が頭に浮かび意味を調べる。「あなた」は阿弥陀如来様を指し、すべてをお任せしますと謙虚な姿を歌う句である。年初めに欲の限りを託された長谷の観音様は苦笑いされていることであろう。本年の栽培もすべてあなたまかせ(大自然の仏様)に担っていただく。くれぐれも自身の努力も忘れずに。
暖冬とはいえ農場の夜明け前は冷える。決してその時間帯には農場にいることはないが、最高・最低気温を測る温度計の水銀が農場の冷えた空気の温度を指す。本年1月の最低気温はマイナス5度、水道も何もかもが凍結する。その中で小さな苗たちは寒さに耐え、畑への定植を待つ。1月上旬、キャベツ、ブロッコリーの苗を5月下旬から6月の収穫用として定植をする。この2種の作物は寒さにはめっぽう強く、幼苗時に寒風にさらされ雪に埋もれても力強く冬を越していく。その反面、暑さと高湿度には弱く、すぐダウン気味となる。山の農場は少し高地で他の畑に比べ朝夕は涼しく、少しは温度差があるとの素人考えで7月中旬までのキャベツを栽培。害獣除けフェンスに守られ1月に続き2月中旬にも定植予定である。小松菜や他の苗も逐次播種を行い、夏草とひと夏死闘を繰り返し、畑一杯に野菜の栽培を行う。
年明けから日を追うごとに畑の作物が収穫され、そのあとにガランとした寂しい景色へと変わっていく。春の草、ハコベが今がチャンスとばかりに育っていく。2月中には空いた畑すべてを起こし、春作への準備が始まる。1年かけ育てた堆肥は、微生物の力により分解され、完熟した大きな山は2/3程の高さに姿を変えた。これで堆肥も出来上がり、後は畑へ持ち込むのを待つだけとなった。
元日には、作業に追われることなく、先手で進めていこうと誓ったが、思い起こしてみると、このウン十年毎年同じことを誓ってきたことに気付き苦笑。本年も今まで同様ギリギリであたふたする自身の姿が目に浮かぶ。
1月中旬、暗くなった農場の西の空にひと際明るく輝く星がある。星の下に目を向けると、大きな黒いかたまりが美しいシルエットを作る。これは、ほてい山で山の形が布袋様のお腹の形をしているのでついた名前だそうである。時間と共に強く輝く金星は姿を消し、代わって東の空には冬の星座が顔をのぞかせる。
仕事も終え帰宅、ゆっくり湯につかり家人の作った夕食をいただき、その後ウオーキングに。足を止め夜空を見上げる。空高く満点の星が夜空を埋め尽くし、大パノラマショーが始まる。大パノラマは冬の寒さを忘れさせ、宇宙のロマンを感じさせてくれる。オリオン座のベテルギウス、大犬座のシリウス、小犬座のプロキオンと冬の大三角がより輝き美しい光を放つ。幼い頃に父と見た夜空を思い出す。父に教わったベテルギウスが今もはっきり脳裏に焼き付き、その赤い光に当時を思い出し、亡くなった父の姿までをも思い起させる。先日の新聞に、ベテルギウスが去年の秋から急速に明るさが低下し、過去50年で最も暗くなっているという記事があった。この星は「変光星」と呼ばれる明るさが変化する星としても知られ、今回の現象についてはいずれまた明るく輝くとする見方と、「超新星爆発」といわれる巨大な爆発を起こして星としての生命を終え、宇宙の漆黒の暗闇へと姿を消す前兆ではないかという見方がある。願わくは、前者であって欲しい。
600光年かけて我々に光を届けた星の最後はロマンとミステリーに満ちている。一秒間に地球を7.5周する光が600年かけて地球上に光を届け、人の心に深く感動の光を降り注いでくれる。
夜空を見上げると、間もなく夜間飛行を終えようとする旅客機が、光を点滅させながら関西の各空港に着陸するため低空飛行を行い、ゆっくり高度を下げながら金剛の山陰に姿を消す。旅客機には色々公害もささやかれてはいるものの夜間飛行にはロマンと哀愁がある。若かりし頃、夜中に聞いたFMラジオ、ジェットストリームを思い出し、希望に満ち溢れた当時を懐かしく思い出す。
2020年、美しい冬の夜空にこれから始まる年への希望を心に新年のスタートは切られた。一人でも多くの人々に幸せを運ぶことが出来ますようにと。
本年も煩悩多き農場より