慈光通信 第228号
2020.8.1
食物と健康 9
前理事長・医師 梁瀬義亮
【この原稿は、1991年1月 日本有機農業研究会発行の「梁瀬義亮特集」に掲載されたものです。】
3、食物と健康
現在の日本人食生活
それからもう一つ分ることは、いわゆる公害を受けやすい体質である、ということです。これは重大な問題です。食物によって、我々はかなりの程度、公害から身を守ることができる。
たとえば、神通川流域のイタイイタイ病は、あれがほとんどみなご婦人にひどいということです。これは何か。ご婦人はお産のためにカルシウム欠乏をひどく起こします。日本人はお産をしますと、たちまち歯が弱くなる。子供一人産むと歯が一本抜けると俗にいわれますが、歯がやられてしまう。これは日本人の食物にカルシウムやその他のミネラルが欠乏しているために、お産のため胎児に取られるカルシウムよって母体の鉱物質がひどい欠乏状態となり、骨が弱くなり歯が抜けるのです。そこで、イタイイタイ病のように、骨がひどくやられていくのです。
また放射能の問題ですが、どうしても避けることのできない人口放射能が、我々にふりそそいでいます。例えばストロンチウム90が降ってくるわけですが、これに対しても、一つの事実が、注目すべきことを教えています。
長崎に原爆が落ちましたが、その放射能を受けた人が、その後白血病になってたくさん亡くなられた。ところが、その爆心地からそう遠くない病院に、面白い院長がいまして、かねがねこう言っていた。「日本人の健康のもとは、ともかくミソ汁とワカメだ」と。多年の経験から発見された真理として、これを病院職員、患者には強制的にすすめていた。毎年ワカメができるころになると、一年分の干しワカメを買い込んで、それを職員が出勤するとミソ汁にして全員に飲ませた。それも毎日ではなく、1日おきにワカメと菜っ葉のミソ汁にしていた。そうすると、面白いことには、その病院の職員からは一人も白血病患者が出なかった、という報告があるのです。
それから、アメリカのネバタの原爆実験場で事故があって、放射能霧が拡散したことがある。そこでも面白い事実があった。たくさんおった飼いうさぎが、その影響を受けて死んでしまった。
そこで某軍医少佐でしたが、うさぎは弱いものだ、放射能でみな死んだ。近くに棲む野うさぎも恐らくやられたろうと思って探してみた。
非常に野うさぎの多い地方なので、多数の人を使ってよく探させてみたが、死んだものはいなかったという。
彼の結論は、人工飼料によって養われているうさぎは、放射性物質に非常に弱いが、自然の野草を食っている野うさぎは放射能に強いものらしい、ということを言っています。
ともかく、現実に、イタイイタイ病など見ましても、あの水俣病でも、同じように水銀やカドミウムに汚染されても、病気になる人はわずかです。これはやはり、食生活で、ミネラル欠乏、ビタミン欠乏、あるいはXファクター欠乏の人が、公害にやられやすい、ということが想像されるわけです。
現在の食生活改善の着眼点
結論といたしまして、現在私たちは、いかにすれば健康が得られるか、という食生活改善の着眼点を申し上げます。ただしこれは、農薬とか工場公害などを抜きにしてのことですが。
まず第一に、日本人は野菜と海藻類をたくさんとる必要がある。
それから、主食にしている米は、どうしても半搗き米にする必要がある。できるだけ麦ごはんを食べるといい。麦をうんと食べるほどいい。
白砂糖は、できるなら法律でもって禁止したらいいくらいのものです。黒砂糖とか黒い生ザラを使うことによって、民族は強くなる。白砂糖を食べさせることによって、子供たちは骨なし人間になってしまう。これはきわめて有害だと私は信ずるわけなんです。
日本のような酸性土壌の地で、どうしてもカルシウム欠乏を起こしやすい民族の蛋白質は、血液を酸性化することの少ない、大豆の蛋白を中心にしなければならない。そして、これに、第二の段階として乳製品、あるいは卵、魚、こういったものを動物蛋白としてとるべきである。動物性のものを全廃すると、体格が大きくならない。しかし肉類はどうも日本人に合わない。
それから脂肪は、あくまで植物性脂肪を主とすべきであって、動物性脂肪はどうしても動脈硬化、心臓欠陥等の障害を起こしやすい。ことに白米をたくさん食べる日本民族には、この動物性脂肪の害が、特に顕著にあらわれる可能が強い。白砂糖についても同様で、その弊害がいちじるしい。
こういう次第で、あの健康だった日本民族が、世界一弱い民族になってしまった。それもわずか70年の間にです。これは結論的にいって、食物の内容における欠乏ということからくるものである、と言える。
以下、次号に続く
夏こそバランスのいい食生活を!
長かった梅雨もようやく終わりを告げ、いよいよ本格的な夏の到来です。今年の夏は感染予防でマスクをしているため、体にかかる負担も大きくなります。日本の夏は高温多湿のため、汗をかきやすく、こまめな水分補給が必要です。汗をかくと水分と同時に塩分やカリウム、マグネシウム、亜鉛、鉄などのミネラルやビタミン類も失われています。ミネラルは体の機能を正常に保つために必須な栄養素で、体内で生成が出来ないので、日頃から食べ物や飲み物などで補う必要があります。
暑いとのど越しの良いそうめんやうどんなど炭水化物に偏った食事になりやすく、栄養バランスも崩れがちです。このような食生活で不足しやすいタンパク質やビタミン、ミネラルは意識して摂るようにしましょう。タンパク質を摂るためには、肉、魚、大豆製品などいずれか一品をビタミンやミネラルの豊富な野菜と共に摂ることをおすすめします。そうめんのつゆに炒めた豚肉を入れ、たっぷりの薬味を添えたり、レタスやキュウリ、トマトを乗せてサラダうどんにしたり、一工夫が健康の源です。
酢やレモン、梅干しなどに含まれるクエン酸には肉体疲労や精神疲労の回復効果があります。これらに少量の塩と砂糖を入れ、炭酸水やミネラルウォーターで割ると、即席スポーツドリンクになります。また、ストレスへの抵抗を強め、疲れにくい体を作るパントテン酸は納豆、レバー、ハチミツなどに多く含まれます。これらの食品をバランスよく摂取してこの夏を乗り切りたいものです。
夏の太陽を浴びた緑黄色野菜にはカロテン、ビタミン、食物繊維、カリウムなどのミネラルが多く含まれています。そんな栄養たっぷりの夏野菜を使った、食が進む簡単なおススメの一品のご紹介です。
◇山形のだし
ナス、キュウリ、オクラ、みょうが、大葉を細かく切り、ナスは水につけてあく抜きをする。
醤油またはだし醤油に漬け込み、お好みの味付けをします。
ここに、あれば納豆昆布(水分を含むと粘りが出る切り昆布)、なければ昆布茶を入れて出来上がり。一晩おいてもすぐでもお召し上がりいただけます。作り置きしてご飯や冷奴、麺にのせるなどいろいろな食べ方でお楽しみください。
農場便り 8月
雨の止む間もなく厚い雲が重なり、和泉山脈の山肌を撫でるように西の空より雨を運ぶ。列島に居座る前線の上をいくつもの低気圧が縦断し、その低気圧がもたらす雨雲が今までに経験したことのない大量の雨を降らせた。川は決壊し、多くの人々の命を奪った。大地は水分を限界まで抱き込む。畑の土も水分が飽和状態となり、作物の根は苦しめられ、弱い作物から順に淘汰されてゆく。
土中40?の深さに根を張る白ネギの収穫を行ったあとに残る穴には側面から水が湧き出し、子供のころ覗き込んだ深井戸のように水をためる。高温多湿を得意とする作物は極めて少なく、夏野菜の一部だけでたいていの作物にとっては苦手な季節となる。野菜の病原菌の多くは高温多湿を好み、カビや病原菌との戦いの日々が9月下旬まで続く。
6月中旬よりスタートを切ったきゅうり栽培も第一弾は順調に育ち2メートルを超す高さまで成長した。親ヅルや子ヅルには鈴生りとまではいかないまでもそれに匹敵する程の数のきゅうりがぶら下がり、後から後へと雌花が咲く。花の周りにはクマンバチが大きな羽音を立て花粉を集めて回り、虫媒による受粉が行われる。きゅうりの棚はツルで埋め尽くされ、収穫には葉をかき分け見落としのないよう目を上下左右に動かし、一本一本摘み取って収穫カゴへ入れてゆく。見る見るうちにカゴはきゅうりで一杯になり半端ではない重さになる。朝一番の作業にしては重労働で、中腰、かがみ腰を繰り返すうちに開始10分で汗まみれとなる。きゅうりの収穫の次は隣の畝に育つ青じその収穫に入る。青じそは水分を好むようで、これだけの降水にもビクともせず、後から後へと新芽を伸ばしてゆく。このところの雨であまり日が当たらないため、アクが少なく葉も柔らかい青じそを収穫することが出来る。その柔らかく伸びた新芽を茎ごと摘み取ってゆく。青じそはこの方法で収穫した方が茎が残るため日持ちがしやすく、少々萎れていてもご家庭で使う時にさっと水に放ち2、3分で水から上げしばらくするとすぐシャキッとするのでお試しいただきたい。収穫は茶摘みのように一本一本やさしくもいでゆく。かごは一杯になってもきゅうりとは違い軽く、非力な私にとってはもってこいの作業である。
本来ならば今年初栽培となるパセリを紹介させていただく予定であったが、大きく育っていたパセリはこの長雨で段々勢いが衰え、合わせて畑の中のネズミによる茎の食害もあり、ほとんどが畑から姿を消してしまった。もう一つの候補であったズッキーニもまた然りである。そこで今回は順調に大きく育つ青じそを紹介させていただくこととする。
青ジソはシソ科、シソ属、今や世界を脅かす中国の原産で古くから栽培されていた。シソにはβカロテンが多く含まれ、活性酵素を抑え動脈硬化や心筋梗塞などの生活習慣病から守る働きや、皮膚や粘膜の細胞を正常に保つ働きがあり、合わせて免疫力を高めガン予防にも効果があるとされている。ビタミンCは、これからの夏の紫外線から皮膚を守り細胞の酸化を防ぐ。ミネラルも多く、鉄分、カルシウム、カリウム、特に食物繊維の多さは他を寄せ付けない。シソの清々しい香りはベリアルデヒドと呼ばれる芳香成分によるもので、強い防腐、殺菌作用を持っている。生魚を食べる刺身のツマに用いることは理にかない、この香りにより食欲増進効果や健胃作用もあるといわれている。単に薬味としてだけではなく積極的に食生活の中に取り入れ、今年のこの息苦しい夏を健康に過ごしていただきたい。
すべての収穫を終える頃には早朝とは違いかなり気温も上昇する。シソのアクで指先は茶色に。前を流れる用水路に長靴でドボンと入り、コンクリートで指先を強くこすってアクを洗い流す。これが当園流の手の洗い方で、河川を汚すことなく、至ってナチュラルな洗浄法である。
暑い夏の風物詩と言えば冷えたスイカがある。昨年の通信に書かせていただいたが、思い起こすも腹が立つ七月下旬、一夜にして大きなスイカが何者かによって食い荒らされてしまった。当初はアライグマと思っていたが、後々ハクビシンの仕業という事が判明し、怒りは頂点に達したことを今でも鮮明に思い出す。さて本年、ハクビシンの害を避け当園でのスイカ栽培は中止となり、代わって協力農家の西尾農園で例年よりも増やして栽培していただけることとなった。華奢な手で大切に育てられ、日々の成長をにこやかに話されていた。7月、そのにこやかな話し声が一変し、落ち込んだ暗い声で「一夜にして収穫寸前のスイカ畑が無残に荒らされてしまった」との連絡を受け、自分の時のようなショックを受けた。今までのご苦労は耕人である私には痛いほどよくわかる。「残りは?」との問いかけに少しだけは良い球は残っているとのこと。何とか残り少ないスイカを死守してくださいとお願いし、農園へと車を走らせる。ハンドルを握る手に異常に力が入り、沸々と湧きあがる害獣への憎しみ。後日、いろいろ畑の状態を聞いてみるとどうもアライグマのようである。イノシシ、シカ、アライグマ、ハクビシンなど、特に外来種は日本の生態系には天敵が存在せず、これから先も益々増えると思われる。現時点で害獣とされている哺乳類だけではなく、爬虫類、魚類、そして一番厄介な昆虫類等々、これからの日本農業の行く末は暗澹としている。
数年来の天候不順もそうである。大雨が大地を叩き、集まった雨水は大切な畑土を流す。5月下旬、長ネギの苗の定植作業を行った。深い溝を掘り、そこに10?間隔に並べ植えてゆく。白い部分を長くするべく、成長と共に周りの土を寄せる。7月までは順調に生育し、土寄せを軽く済ませて追肥をし、さあこれからという時に九州で猛威を振るった雨雲の一部が流れてきて、夜間に大雨となった。雨水は植え付けた溝をまるで水路のように流れ、まだ弱々しい苗を傷めつけた。一部は水に浸かり、日を追うごとに苗の姿が消えてゆき、所々が歯抜けとなってしまった。あとは運を天に任せるしかない。これもまた自然を相手に、自然の中で生かされている耕人の受けるべき試練なのであろうか。しかし、百姓としてはまだまだ青二才、獣害や自然の猛威には青筋を立て怒り狂う耕人である。
この悪天候の中、私は久しくお目にかかることのなかった光景を目にした。田植えもすべて終えた6月中旬、農道を一匹のカメが早足で歩く。このままでは車に轢かれるのはいつものパターン、車を止め少々面倒であるがカメのレスキューに向かう。今までレスキューしたカメは100パーセント外来種のクサガメ、甲羅に触れると独特な臭いが手につく。が、仕方なく捕まえて持ち上げてみてびっくり、日本種の石ガメであった。バタバタするカメをじっと観察、正真正銘の純国産種である。逃がす前はいつものルーティン、カメの目に顔を近づけ私の顔を記憶させてから水路へと放す。これでカメの恩返しは間違いなく私のところへ届くであろうと信じる。ゴリラの優し い手より放たれたカメは一目散に泳ぎ、やがて姿は見えなくなる。カメの話題がもう一つ、石ガメと別れて一週間、国道をトラックで走行中、バイクの女性が石のようなものを足で動かしている。よく見るとまたもやカメ。女性は道路の中央へと足を進めるカメを必死に阻止しようとする。頑固なカメは抵抗を繰り返し、救出に手こずった女性は、最後にカメをサッカーボールのように草むらに強く蹴りこむ。ノロいカメの少々手荒な救出。「カメの呪い」となるか、「恩返し」となるかはカメのみぞ知る。
春から初夏、そして梅雨へと季節は移り、間もなく厳しい夏が熱波を手土産に日本列島を包み込む。頭の中では夏作から秋冬作へと移行してゆく。半年間多少のトラブルはあったものの、大事もなく無事過ごさせていただいた。春、大自然で色々な生物を目にした。イノシシをはじめシカ、タヌキ、キツネ、ウサギ、モグラ、ヘビ(マムシも含む)、堆肥の中からは大量のカブトムシの幼虫やサナギ、クワガタも姿を現す。爬虫類や鳥類、昆虫などまさに数えきれない。この春、私の足にたかって血を吸っている昆虫を目にする。じっと見るとマダニ。生物学者ユクスキュルによると、ダニは飲まず食わずで18年生き延びるそうである。ダニもすごいが、それを18年間観察し続けたユクスキュルはもっとすごいのではないか。
血を吸って真っ赤に膨らんだダニを爪ではさんで取り除き、残った頭部はナイフでこそぎ取る。近代医学の先端をゆく当園の治療法である。ここ最近では、倉庫の前で黒ヘビが雨ガエルを丸呑みしている光景に出合った。弱肉強食とはいえ、あまり目にしたくない光景である。人間界の弱肉強食は大自然にはどう映っているのであろうか。コロナ問題もそうである。金さえばらまけば何とかなるというあさましい人間の考えが一般市民を幸せに導けるとは思えない。今生の快楽のみを追求し、真の幸せを説く事は無い。
夕方の収穫を終え、額の汗をぬぐい、汗をずっしりと吸った作業着を脱ぎ、着替える。お日様は山に隠れ、山の農場を後にする。連日の大雨で谷筋には大量の水が流れる。水は何ケ所かで他の谷水と合流し水量も増す。木々に覆われて鬱蒼とした中を流れる小川まで 山道を下る。その時一羽の鳥がトラックの前を横切った。じっと鳥を目で追う。素早く飛ぶ鳥の背は瑠璃色に輝き、この世の色とは思えない光を放つ。カワセミである。こんな場所でと思う間もなく姿を消した。輝く瑠璃色だけが今も目に焼き付き、感動は生々しく今も残る。金や銀ではなくこの瑠璃色が先日のカメの恩返しだとすれば・・。未練は残る、絶対残る。先日読んだ文の中に「未練が老醜の始まり」とあった。これが私の老醜の始まりであろうか。なんと恐ろしや。
カメに恩を売る心の小さな耕人より