慈光通信 第193号
2014.10.1
病気のないすこやかな生活 ― 医・食・住 ― 16
前理事長・医師 梁瀬義亮
【この原稿は、1982年(昭和57年)3月6日 熊本県立図書館ホールでの講演録です。】
トマトの栽培法
トマトを梅雨時に実らせようとすると、炭素病になったり、青枯れしたりして失敗してしまいます。以前、私の方でもいろいろとやったけれども、失敗したのです。よく調べてみたら、分かったのです。適地適作という事があります。トマトは乾燥地帯の植物だったのです。それを早くから苗を仕立てて、そして梅雨時に実らせるというようなことをすることは、有機農業に反していたわけです。
そこで、乾燥地帯を作ってやればいいわけですから、上へビニールの屋根を作りまして、これはイチゴを作った後のビニールを上だけ残しておくのですが、その下へトマトを作りますと大丈夫で、完全無農薬で出来ます。
あるいは、四月の末に種を蒔きまして、そして出てきた苗は、梅雨期はまだ子供です。そして抑制栽培みたいな形になって、梅雨がすんでから実り出しますから、これで露地栽培はできます。
病気になったり虫がついたりした時には、病菌が悪いのでなければ、虫が悪いのでもない。何かわれわれの栽培方法に欠点があるんだ。この事を考えて、研究していっていただいたならば、必ず成功します。
稲作除草について
それから稲作については除草の問題があります。除草剤の問題がありますが、私たちの協力農家では、一軒も除草剤を使っておりません。しかもちっとも草取りに苦労しておりません。これは土が正しく肥えてくると悪い草は生えなくなってくるのです。こういう鉄則があります。
こういうことなんです。人間が住みますと生ゴミとか大小便とか必ず廃棄物が出ます。この廃棄物を正しい好気性の完熟堆肥にして土へ返すと、その土は人間の食べ物を作ってくれる土になるわけです。これは非常にありがたいことなのです。もし、私たちの廃棄物を吸収した土が我々の食べ物を作るのに不適切な土になるのだったら、人間は必ず遠くへ行って農業をしなければならない事になります。ですが、事実はそうではなくて、我々が出す廃棄物を吸収した土が、我々の食べ物を作るのに適当な土になってくれるという事実があるのです。これは大変ありがたいことです。
雑草は土を肥やそうとする自然の働き
ところが化学肥料を使って土を痩せさせますと、痩せ土に対しては、私たちの食べ物になる植物は適合しないわけです。だから、その土には農産物は出来ないのです。
さて、雑草の意味ですが、まず、宅地造成した土を見てみて下さい。はじめは、痩せて何も植物の生えない土です。しばらくすると、痩せ土に生える草が生えてきます。それを放っておきますと、それが枯れて次第に土が肥えてくる。すると、だんだん草の種類が変わってまいります。しまいに、カヤがたくさん生えます。カヤが生えた所へ小鳥が種を持ってきて、そこへ雑木が生える。そして雑木林になります。その雑木を切りますと、肥えた土になって我々の畑になります。要するに雑草というのは、痩せ土を肥やしてくれるのです。
我々が意識的に化学肥料で土を痩せさせますから、自然は雑草を生やして我々の土を肥やそうとするのです。その痩せた土に、我々の肥えた土を好むところの食べ物の植物を植えますから、この植物は育たずに雑草が栄えます。これを人間は雑草が悪いことをしたから、我々の食べ物を枯らしてしまったんだと怒るわけです。除草剤を撒きますと、余計に土が痩せて、余計に悪い草が生えてくるのです。悪循環です。土を十分に肥やしますと、土は我々の食べ物を作るのに適した土になります。
そうするとそこへ生えてくる雑草は、我々の食べる植物に害を与えない植物が生えてくるようになります。
(以下、次号に続く)
季節の変わり目の体調管理
世間では衣替えも終わり、本格的に秋が訪れました。
私たちの体も季節によって変化します。
この時期は朝夕冷え込み、日中との気温差が激しくなります。この気温差が肩や腰への刺激となり、腰痛や神経痛、肩こりをひきおこす原因にもなります。
普段から腰は上半身、肩は頭の重さを支えており、これに激しい温度差が加わると、肩、腰の筋肉が硬直し、大きな負担をかけます。筋肉が硬直すると、乳酸などの疲労物質がたまってきます。硬直した筋肉は、肩や腰にある血管や末梢神経を圧迫します。末梢神経とは「痛み」や「しびれ」といった刺激を伝える神経で、これが圧迫されたり傷付いたりすると、痛みやしびれを感じるようになります。圧迫された血管の中では、血液の流れが悪くなり、酸素や栄養素が運ばれにくくなり、疲労物質はさらにたまりやすくなります。
また、硬直した状態の時に、急に動いたり、重いものを持つなどをして腰に突然の負担をかけると、ぎっくり腰になってしまいます。
このような症状を起こさないためにも、大切なのはまず、冷やさない事です。寒さを感じたら、上着や靴下で冷えを防ぎましょう。また、入浴はシャワーで済ませず、湯船につかりましょう。
また、日頃から正しい姿勢を保ち、骨盤を支える筋肉を強化することも大切です。年齢に関係なく、姿勢を正すと肩こり、腰痛は改善します。
〈立ち姿勢〉
耳の穴、肩、腰骨の真ん中、外くるぶしが一直線になるように背筋を伸ばしてまっすぐ立つ。
〈座り姿勢〉
・猫背の場合
腰と椅子の間にバスタオル、座布団などを丸めてはさむ
・反り腰の場合
足元に厚さ10センチ程度の台を置き(雑誌など)、足を乗せる
軽いストレッチも効果的です。
ストレッチの方法
?床に座り、背筋を伸ばして上半身をやや後ろに傾ける。肩膝を立て、もう片方の足とクロスする。立てた側の足の裏とお尻を浮かさないように、クロスした足と反対の方向に体をひねる。(右足を曲げた時は上半身は時計まわりにひねる)
?仰向けに寝て、頭を床につけ、肩を浮かせずに、ヒザを持って片足を引き寄せる。もう一方の足はまっすぐ伸ばしておく。
?三角座りをし、あごを胸に引き付けるようにして、ゴロンゴロンと前後にゆする。
?椅子に座り、背もたれからやや離れて座り、背筋を伸ばす。足の裏やお尻を浮かさないようにして、右にひねる場合は右手を背もたれに、左手を右足のその状態から背もたれを掴んだ手と太ももに置いた手の力で体を捻る。
以上のような簡単な体操や予防を心がけ、体調の変わりやすい季節に備えましょう。
農場便り 10月
夏が去り秋の香りが漂う。いたる所でコスモスの花が咲き、秋の風に揺れる。
今春、我が家の庭に無造作に蒔いたコスモスの種が夏の猛暑の中、うす黄色や山吹色の花を咲かせ、9月下旬にはピンクや白、濃い赤色も加わり緑一色の庭に色を添える。可憐なコスモスの花も私が育てると2mを超える高さに育ち、ジャングルのように繁茂する。「コスモスも大きくなりすぎると見苦しい・・」と家人の秋の一言。そう言いながらもコスモスの色とりどりの花を摘み、ガラスの器に生け家の中のいたる所に飾る。中でも手洗いの中の小さな器に飾られたコスモスが可憐で私のお気に入りである。
農場をレポートさせていただく。盛夏のナスは少々バテ気味となり収穫量は落ちた。お盆も過ぎた8月下旬、朝夕の涼しさを肌で感じられるようになった頃からナスの体力は回復、枝には力強く花が咲き、秋ナスがたわわに実る。朝夕2回、カゴいっぱいにナスを収穫する。早朝、背丈位に伸びたナスの畑に入ると朝つゆで葉はしっとりと濡れ、実の先には夜つゆが一滴の水の玉となり朝日に輝く。今年生まれた小さな雨ガエルのうすい緑が濃いナスの色と相まって美しい世界をナスの林の中に作り出す。朝日が昇り、ナス畑を照らす。幾何学模様の女郎グモの巣の糸は絹糸のような高貴な光を放つ。
ナスの収穫が始まる。腰を屈め、下段より目を配り、一つ一つハサミで摘み取ってゆく。収穫かごはナスで一杯になり、その重さでかご紐がお腹に食い込む。収穫したナスを丁寧にコンテナに入れ替え、またナスの林の中へと入ってゆく。一心に生い茂った葉の中からナスの実を探し出す。前方の大きなクモの巣も目に入らず、「あっ」と思った時には、時すでに遅し。初夏のクモの巣はまだ柔らかく不快感はさほどでもないが、夏も終わりを告げようとするこの時季には弾力に富む太い糸へと変化し、巣の大きさも小さいワンルームマンションから億ションへと変化したクモの巣が汗ダクの顔全面にベタッとへばり付くと不快感は頂点に達する。一度や二度ならまだしも、収穫が終わるまで何度クモの巣にかかる事であろうか。大きな女郎グモもメタボブタが巣にかかりびっくり、大急ぎで巣の中央からナスの葉かげへと逃げ込む。クモにとっても迷惑な話である。
10月、ナスの収穫は間もなく終わりを告げる。もう一つ、夏の果菜に無くてはならないものにきゅうりがある。早出しのきゅうりは、協力農家の川岸さんから始まり、夏秋用きゅうりの播種は6月上旬、お盆頃に最盛期を迎え、涼しくなる9月中旬頃まで収穫は続く。本年は250本の苗を仕立て、栽培地は盛夏に少しでも涼しい地を、と五条を見下ろす山の園とする。圃場にはたっぷりの堆肥を施し、フカフカの土に50?間隔に定植する。きゅうりの苗は日々順調に育ち、きゅうり用栽培ネットにつるを伸ばす。下部の余計な芽をかき取り、ツルの成長に負担のかかる古い葉はすべて取り除き、子ヅルは着果したところから葉を一枚残して摘芯。私の背丈まで成長し、黄色い花には無数の和ミツバチや花アブが花粉を求め羽音を立てる。雌花が咲き、受粉3、4日で収穫できる大きさに成長する。変形したり大きく曲がった実は小さいうちに摘み取る。2週間に一度、追肥として畝の間に油かすを撒く。量はその園の地力によるが、当園ではかなりの量を施す。土からの湿気で2、3日で白いカビが発生、それを見据えて管理機で中耕し、軽く土寄せを行う。中央に出来た浅い溝は水路となり、3日に一度水を流し、きゅうりを日照りから守る。放任していると自由に伸びてしまうツルを誘引し、専用のホッチキスで止めて回り、均等に日が当たるように管理をする。7月中旬より収穫が始まる。この時期、きゅうりの果が育つ位置が低いため、腰をかがめ、葉をかき分けて採り頃のきゅうりを探し、収穫をする。初期は日に一度の収穫、成長と共に朝夕2回の収穫となる。日増しに成長したきゅうりは2m近くまでなり、葉の付け根より伸びたツルはネットを「ガッチリ」掴んで風から身を守り、夏の空に向い、上へ上へと伸びて行く。
その隣ではゴボウが地表を隠さんばかりに大きな葉を広げ、キャベツも丸々とした結球部分が顔を出す。日々管理しながらその成長を見守る私の中には喜びと常に不安が付きまとう。不安の材料は色々あるが、まず第一にイノシシの害が頭に浮かぶ。イノシシも学習を重ね、少々のことでは侵入を防ぐことはできない。ネットを張ってもオドシをしても猪突猛進。ネットをなぎ倒し、時には下から豚鼻を持ち上げ、中で生育する作物を全滅にまで追いやる。今年はイノシシの侵入がなく胸をなでおろしていたその矢先、朝一番の見回りでネットの異状を発見。中型程度のイノシシの足跡があり、大切なきゅうりが荒らされている。収穫を迎えた実はことごとく一口ずつ齧られ、その際引っ張ったのであろうネットは支柱ごと倒されている。修復するも、イノシシは毎夜ネオンを恋しがる殿方のようにきゅうり畑に通い詰め、8月下旬頃にははぼ全滅状態となった。50mの畝2本のきゅうりは無残にも絶えてしまった。来年は他の畑に栽培地を移し、瑞々しい甘味のあるきゅうりをと考えている。
他の作物は健康に育ち、里芋は2m以上の背丈となり、里芋のジャングルとなった。スイートコーンは所々アワノメイガの食害はあったが、防虫ネットの中、スズメの害にも合わず収穫に至った。
夏作の収穫と同じくして秋冬作の栽培が始まった。白菜、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、金時人参、大カブ、大根、10月現在、秋冬野菜は乾いた土の中、順調に育つ。いつまでも高温の影響ですくすく育つ雑草と孤軍奮闘の日々を送っている。一年を通じ、農場便りのネタはイノシシと雑草、この二大巨匠が紙面を賑わす。
先日、夕方に農具をトラックの荷台で片付けていると「ガサ」という物音、同時にこちらをじっと見る目線を感じる。そっと頭を持ち上げ、斜め上の草むらに目をやる。薄暗い秋の夕、大きなイノシシと目が合う。ギラッと光った鋭い目、距離は約10m。恐怖以前に憎いはずの野生のイノシシ、その迫力と美しさに時が止まる。イノシシは人間界のメタボブタと束の間のにらみ合い。遂には変なおやじに恐れおののき、鼻音を残し草むらに姿を消した。帰宅後、家族には野生のライオンにでも遭遇したかの勢いで尾ひれをつけ話を盛り、イノシシとの遭遇の話をするも、誰にも相手にされず、寂しい夜を過ごす。
ススキの穂が風になびき夕日に輝く中、一日の作業を終える。心地良い疲れが身体を包み、秋の虫の羽音が身体と共に心を癒す。帰宅後、新聞に目を通す。朝は時間の余裕がなく朝刊はいつも夕刊となる。紙面のほとんどが暗い出来事ばかりで心は休まらない。一面の隅の小さなスペースのコラムに目が止まる。一部抜粋して紹介させていただく。
・・・「福分」という言葉がある。一升なら一升、九尺なら九尺の授かった運に感謝して精一杯生きるのだが、身の程を心得て背伸びはしない。それが福分のようである。
福分の心に国境はない、とその絵を眺めて思う。ミレーの「晩鐘」である。収穫したジャガイモと農具の傍らで手を合わせる妻。帽子を手にこうべを垂れる夫。ささやかではあれ、授かった福分を今日一日まっとうできたことへの感謝だろう。ひがみと愚痴でその日その日を締めくくることの多い身に、その夕景はほろ苦い。 ・・・
大自然、そして天からの恩恵により我が身は生かされている。生かされていることの幸せと感謝を日頃忘れがちであり、口を開けば不平不満。秋の美を目にした時だけでも心美しくありたいものである。
まんまるいお月様が夜を照らす。静かな月光は、窓越しに薄明かりとなり、部屋の中を照らし出す。はるか昔の結婚の折、恩師から戴いた額装がぼんやり浮かび上がる。同じくミレーの「落ち穂拾い」である。農婦が刈り取りを終えた畑でこぼれおちた穂を拾う農風景である。エネルギッシュだった私に、「地道な作業にこそ尊いものが宿っている」ということを伝えるために恩師が祝いとして贈って下さったのであろうか。貧しいミレーは友人から「万人に好まれるテーマで筆を進めては」と助言されるも、ミレーは、一生涯、大自然の優しさ、そして人間の優しさや寂しさを農民と田風景を通して人々に伝えた。ミレーの心は自然の中にあった。彼の作品は生前一枚も売れる事はなかったそうである。素晴らしい作品の代償は豊かな心となり彼の中に宿ったのであろう。
静かな秋の農場より