慈光通信146号 (2006年12月)


自然と生命をとりもどすために 13

前理事長・医師 梁瀬義亮

【この原稿は、昭和五〇年(一九七五年)六月二九日高松市民会館で行われた梁瀬義亮前理事長の講演録です。】


健康と食物・食物と農法・農法と心
自然の法則に従った正しい農法の追求
そこで農薬中毒の話もだいたい終わりましたが、このように私達がこんな恐ろしい毒物を食糧品を生産するのに使うこと自身がおかしいと思われませんか。これはどうしても止めなければならないのです。それでは、止める方法があるのかということです。あるんです。これを申し上げます。現代農法が何故いけないかと言うと、私達人間は自然の一員です。自然の一員である以上、自然の法則を破ってはいけないのです。ところが、これから申し上げますように、今の農法、あるいは私達の消費生活が自然の法則を破ったことをやっているわけです。これが生態学の中にあるリンネの法則といわれるものであって、簡単なことで植物が生産するものは太陽のエネルギーと、それから土から吸い上げたもの、葉から炭酸ガスを入れて、植物が複雑な有機質を生産してくれる。芭蕉の句に「あらとうと 青葉 若葉に 日の光」というのがございますが、私は今までと違ってこの芭蕉の句には本当に打たれるんです。
私達は米を作った、野菜を作ったと申しますが、九九.九%までは全部自然が作ってくれるものです。タンパク質はもちろん、脂肪でも炭水化物でもビタミンでも酵素でも、こんな物を作ろうと思ったらいくら金をかけてもできるもんではない。とても人間業ではできるもんじゃないです。ものすごい複雑で人間の体に何の害もない栄養物なり、香なり、色素なりを自然が私達に作って下さる。この事実を素直に認識しなければなりません。だから古い人々がお米を頂いたというのは正しいと思います。植物が生産者である。この植物が生産してくれたいろいろなものを動物が消費する、肉食動物は間接的に消費する。それから動物の排泄物や死骸、植物の死骸を微生物(バクテリアやカビ)などがこれを分解してくれる。そして微生物が分解しつくしてくれたものを再び植物がこれを食物として、新しい有機質の合成をしてくれる。これがこの地球上で行われる法則です。ところが現在植物が合成してくれたものを人間が消費してそして、そのかわりに化学薬品である農薬をまいて、微生物を殺してしまうわけです。
現在の農法はまったく自然の法則を無視した農法であり、これがそのまま土を殺し、益虫を殺し、人を殺して云う農法であるということは当然のことでございます。これは生態学的な調和ということなんです。私たちはこの生態学的なリンネの法則を正しく実行して植物を作ります。
ひとつここで実験を申します。私たちの協力農家の十四〜五年まったく農薬を使ったことのない稲田があります。秋の十月の初め、そこへ三〇〇ワットの電燈でもって一角を照らすのです。そうしてこちらから望遠レンズでのぞいておりますと、どんなことが起こるでしょう。ウンカが飛んできますよ。そして、良く見ておりますと青ガエルが登ってきます。ウンカを食べておる。それがもとっと驚いたことにコオロギが登ってくるのですよ。コオロギがウンカを食べることをはじめて知ったんですよ。コオロギというのは悪いことばかりするのかと思っておりましたが良いこともするんですね。コオロギがウンカを食べる、そういう状態になるわけです。秋の朝にその田へ行ってみるとクモの巣のところへ露がたまって真っ白になっております。ところが農薬を使っている田んぼはぼつぼつとしかクモの巣がありませんが、そこを同じく三〇〇ワットの電燈で照らしてみて、こちらから望遠レンズでのぞいてみるとウンカは飛んでくるけれどもクモはいっこうに巣を張らないのです。コオロギもやってきません。このことなんです。私の農薬を使わないでやっている田ではこのように調和があるわけなんです。
                                                      
 (以下、次号に続く)

                           



梁瀬義亮記念資料室オープン

 多くの皆様のご協力により、11月22日に資料室はオープン致しました。
 場所は現在の販売所前の敷地内で、一階は従来どおり駐車場として使われ、鉄骨で上げられた二階部分に資料室と事務所と保管庫が建てられました。二階部分はすべて木造で、玄関を入ると杉の香りが漂ってきます。資料室入り口の真向かいのコーナーには診察用ベッド、調剤机、梁瀬医院の受付窓口などが再現され、梁瀬前理事長が着用していた白衣も展示されています。又、出版された本の自筆原稿、雑誌に投稿した原稿、往診鞄なども展示されています。これらの数々の投稿記事はご自由に閲覧、コピーしていただけます。閲覧用に備えられている机は、かつての診察室で作業台として使われていたもので、大変年代を感じる物です。多くの方にこの閲覧台を気軽に利用していたければ、と思います。
 もう一方の視聴覚コーナーでは、前理事長のNHK教育テレビ出演の折のビデオなどをモニターで見ることが出来ます。又、備え付けMDで仏教会の講話を聞くことも可能です。学習会で用いたビデオや資料として使った本も視聴、閲覧できます。資料は、農薬、添加物、合成洗剤の害、医療(梁瀬医師が臨床で用いた青汁療法の資料多数)、仏教に関して等、多岐に亘っています。こちらの資料も又、閲覧は勿論、所定の手続きで貸し出しも致しますので、大いにご利用ください。
 22日のオープン当日には、毎日、読売、産経、奈良、奈良日日の各新聞社が取材に訪れました。一人でも多くの方に資料室の存在を知っていただき、前理事長が遺したメッセージを受け止めていただけたらと祈るものです。
 当日、見学にお越し下さった方々より、感想が寄せられましたので、以下にご紹介致します。

(吉村さんより)

先生が世界的に知られていることを本日知りました。 吉川英治賞をお受けになっていたことを知りびっくりし、喜んでいます。 今後も、先生の思いを忘れず、夫婦で仲良く働きます。本日は先生の色々の物を見せていただきありがとうございました。

(横浜土を守る会代表 唐沢とし子さんより)

コンクリートの建物を想像していましたので、木の香りいっぱいの記念室に、大満足です。

(西尾みちさんより)

 診察室の窓口から亡き奥様の澄んだきれいなお声が聞こえるような思いにかられました。 「このベッドの上で私も幾度かご診察をお受けしたのだ。」・・・・その都度暖かくご指導下さったお言葉がよみがえって参りました。
 梁瀬先生の記念資料室をご開館いただき、おめでとうございます。  完成に向けてご尽力くださいました皆様に、改めて御礼申し上げます。私の期待以上の素晴らしさに感動の連続でした。人の世を救って下さるために世に出られた先生の偉大なご一生を今一度心に刻みなおした半日でした。
 不自由な体でお邪魔したらご迷惑かと随分迷いましたが、やはり是非拝見させていただきたくて・・・。今日の有難い日をしみじみ感謝申しております。  昇降のために電動椅子までご準備いただき勿体ないことでございます。皆様に温かくしていただき、ふる里へもどったような気分になり心身ともに和ませていただきました。
 向寒の折柄、どうぞご一同様には御身ご自愛遊ばして下さいませ。  先ずは右、御礼申し上げます。


山口さんからの手紙(岩手県りんご協力農家)

 りんご協力農家の山口さんから、リンゴ発送の折々にファックスでお便りを頂いています。今月はそれをご紹介させて頂きましょう。リンゴは中央アジアが原産の為、火成岩性酸性土壌、モンスーン気候の日本ではなかなか栽培しにくい農産物です。それを完全無農薬有機農法で栽培して下さっているのは、日本でリンゴ農家多しといえども山口さん、神さん(慈光会で扱っているリンゴジュースの生産者)くらいでしょうか。慈光会では本当に希少なリンゴを分けて頂いていることになります。そのご苦労の程が垣間みえるお手紙です。

 10月下旬の手紙
 今年は虫害がひどく、沢山のりんごに虫がつきました。(編者注:山口さんのご家族は、その虫食いリンゴを毎日沢山食べておられるそうです。)  さて、熊は我が地区ではもう檻に6頭も入っています。後、何頭いるかわかりません。捕らえた熊はほとんどが殺されるのですが、トウガラシスプレーをかけて奥山に放してやった熊も、2日後には元の処にもどって来るということが発信機で分かっています。おいしい物の味を知ってしまった熊はもう奥山に帰れない、という事でしょうか。
 カラスは畑にはりめぐらした糸で防いでいます。
 タヌキが問題でして、電牧(電気を通した線を巡らして柵を作ったもの)をとうもろこし畑の周りに張っているのですが、ものともしないで毎晩やって来ては食べ続けて今年のとうもろこしはタヌキのために作ったような状態です。
 松村さんのおっしゃるように山を実の付く林にすれば熊も生きていける環境になるでしょう。(編者注:山にカチ栗を植え、村に熊が下りて来る被害が激減した地域のレポート。慈光通信141号「野生動物との共存を」記事参照。)当分は電気牧檻に頼りながら共存できる方法を探したいものです。                  時々電牧にさわってショックを受けている岩手の山口より

山口さんのリンゴは、9月下旬から出荷の「津軽」(早生りんご)に始まって、10月中旬「北斗」、11月中旬からの冬リンゴ「ジョナゴールド」「富士」「王林」「スターキング」と種類が変化してゆきます。どのリンゴもそれぞれの美味しさがあって、「私はこのリンゴが一番好き」というのも人それぞれです。

 11月上旬の手紙
 美味しいと鳴り物入りで導入された青森県で育成された品種「北斗」でしたが芯カビや収穫前の落下など、作りづらいリンゴということで、ほとんどのりんご農家は切り倒してしまいました。わが家にとって、北斗の決定的な欠点は病気に弱いことです。いつも決まって北斗から、病気が蔓延するので、作柄が安定しませんでした。そのおいしさ、香り、蜜入りでファンはいるのですが、農家泣かせのあまのじゃくリンゴにはどうもこまりました。
 というわけで、風通しと日当たりの良いところに少し残して作り続けるつもりですが、毎年、新品種が出て来るので、今後、作りやすく病気に強く、そしておいしいものに、とってかわる時がくると思われます。と、まあ、北斗の運命はいかに論を書いてしまいましたが、どんなリンゴがこれから出てくるか楽しみにしてもらえたらと、思います。
 こちらの紅葉はもう終わってしまいましたが、五條の方はこれからが美しい季節でしょう。お楽しみください。
 それでは失礼いたします。後は冬将軍を待つだけです。
北国岩手の山口




農場便り 12月

   
                                         
   遠くシベリアの大地より、冷たい風が運ばれてきた。日中は暖かく小春日和、しかし朝夕はぐっと冷え込む。農場の周りの木々や草もこれから迎える冬に備え、気構えをしているよう目に映る。青々と茂っていた「はこべ」も何度か下りた霜に焼けしんなりし、活力をなくした葉が痛々しく師走の陽の光を受ける。冬の訪れと共に沢山の渡り鳥が日本各地に舞い下りる。遥か北極圏近くより何千キロを旅し、日本海を渡り、美しい国日本へたどり着く。湖や池、河川で羽を休める鳥たちの映像を目にした。白鳥、鶴、鴨などの美しく優雅な姿が心を温かくする。同じ大陸からの使者でも恐ろしい飛び道具はご勘弁願いたいものである。
 我が農園の最悪なる山の主、イノシシが今年も秋口より三日に一度のペースで、農場の夜間の見回りを繰り返す。地域の安全のためならば有難いが、彼は作物を手当たり次第喰っていく。最初に被害に遭ったのはかぼちゃであった。大きな葉をたくさん付けたツルを所狭しと張り巡らし、葉かげには大きな実がたわわに実り、冬至用にと一生懸命に育てていたかぼちゃも今やイノシシの胃へと姿を消した。年々増え、地域によっては作付けをあきらめなければならない所も出てきたそうである。これも自然環境を考えることなく、広葉樹林を針葉樹林に変えた人間至上主義のしわ寄せであろうか。被害はこれだけではない。10月下旬より出荷予定の白菜、晩秋用のキャベツ、カリフラワーがイノシシの鼻で土ごと掘り起こされ、これには参ってしまった。しかし他の畑では白菜や田辺大根、その他数種の野菜は順調に育ち、この通信を読まれる頃には各家庭に届けられ、お召し上り頂いている事と思う。
 冬の作物の中で一際輝くものがある。真っ赤に光り輝く「りんご」、当会もりんごを取り扱うようになって30数年になる。今回はそのりんごを紹介させていただく。当会のりんごは岩手県盛岡市の山口博文さんが手塩にかけ栽培して下さっている。今から約25年前、五條の地を訪れられた山口さんご一家は、子供の手を取り優しい素朴な面持ちの方々で、農場でお話させていただいた事がつい先日の事のように思い起こされる。慈光会を知った理由を伺うと、書店で偶然手にした一冊の本が、前理事長著「生命の医と生命の農を求めて」であったそうである。ご縁というのはこういうものなのであろうか。それから岩手に戻られた山口さんは、すぐさま有機農業に取り組まれた。
 ここで少しりんごについて説明させていただく。りんごの原産は中央アジア、カザフスタン、コーカサス山脈と中国天山山脈、ウイグル自治区辺りからヨーロッパに伝わり、その後アメリカへと伝わる。8000年前の新石器時代にも栽培のようなことはされており、紀元前300年にナイルデルタ地帯で栽培された畑が出土している。ギリシャ・ローマと栽培品種も増え、特にアングロサクソンが熱心に栽培をした。日本では、平安中期918年に中国より渡来、小さな和りんごを栽培した。西洋種は明治4年アメリカより輸入し、現在までに1000種以上が導入され、その内日本の気候に合った品種は20種程であった。欧米では一日一個のりんごは医者を遠ざけると言われ、カリウム・カルシウム・鉄・食物繊維・ビタミンC・有機酸を多く含む。これらの効能を紹介させていただく。まずカリウムは高血圧を下げ、ペクチンは血液中のコレステロールを体外に出す。セルローズはペクチンと共に整腸作用があり、苦しい便秘を解消する。ペクチンのもう一仕事は人類最大の敵、発癌物質をいち早く体外に追い出す。また糖尿病を抑え子供の発育に必要なカリウムを多く含み、肩こりや腰痛から体を守るリンゴ酸やクエン酸を多く含む。最後に女性には欠かすことの出来ない抗酸化作用、老化抑制、美肌を約束してくれる。今までは味と香りだけでいただいていたりんごのこの素晴らしい効用を最大限に活用したいものである。しかしこのりんご、高温多湿、モンスーン気候、酸性土壌の我が国に於いて最も栽培しにくい作物である。それでも無理に栽培しようとすると後は農薬任せとなる。その使用量たるや半端ではなく、「栽培の様子を見るととても食べる気にはなれない」と以前耳にしたことがある。そんな中、前理事長の提唱する無農薬有機農法の原理を守り、日本では殆んど無い完全無農薬有機栽培で育てたりんごを届けてくれる山口さんに感謝!!今日も美味なるりんごを丸ごと口いっぱいにほお張る。
 道端にさざんかが美しい花を咲かせ、「たき火だ たき火だ 落ち葉たき」と自然に口ずさむ。美しい日本の情景の中に温かい心が宿り日本人本来の情を思い起こさせてくれる。先日目にした記事に、理論物理学者のアインシュタインが1922年に来日した時の言葉があった。「謙虚と質素、純粋で静かな心、それらを純粋に保ち、忘れずにいて欲しい。」この素晴らしいコメントを読むと同時に、生意気にもアインシュタインが発見した数多くの法則は果たして人類を平和と幸せに導くことが出来たのだろうかと疑問が残る。前理事長から数多く聞いた話の中にイギリスの作家バーナード・ショーのコメントがある。「ニュートンは我々の頭脳を百年に亘り支配した。アインシュタインはこれから先何年に亘って我々を支配できるだろうか。」と。
 時折吹く北風が色褪めた木々の小さな葉音をたて冬空遠くへとさらって行く。暮れから年明けも盛岡から沢山のりんごが届く。丁寧に荷作りされた箱を開けた時、中から真っ赤に熟れ輝くりんごが顔をのぞかせる。きれいに整列したりんごの顔からは笑顔がこぼれる。遠く東北の香りが辺り一面を包み込むと同時に、山口さんの暖かい心が私の心も包み込む。
来る年も会員皆様の健康と安らぎを願う農場より
「ニュートンも りんごなければ ただの人…」