七月一日梅雨の晴れ間の一日、五條市市民会館において「梁瀬義亮記念資料室」の開館を記念して「講演と音楽の集い」を開催させていただきました。400名入るホールは、ほぼ満席の盛況でした。 |
第一部では元京都大学工学部助教授、使い捨てを考える会前理事長(今春退任)槌田劭(つちだたかし)先生が「子供の食と安全」というテーマで、一時間の講演をしてくださいました。 |
槌田先生は最初に梁瀬前理事長と大変深いご縁があったことをお話くださいました。そして本題に入ってからは、現代社会の「お金が全てである」という風潮を「金主主義」と表現し、その価値観が錯覚である事を指摘されました。「命を育む『食と水と空気・・・大自然』の大切さ」を力説され、「自然は共生しているのであり共生する自然の中に生きる場を与えられて生物は生きる」原理を話してくださいました。(「共生共貧21世紀を生きる道」より抜粋:樹心社刊)子供たちの食の未来について考えるときでもこの原理をよく理解して「自分さえよければいい」という自己中心的な発想を改めなければならないこと、自然との共生が無いところには、本当の「食」も成り立たないことをお話くださいました。 |
思えば化学肥料も、農薬も、除草剤も、人間の目先の利益と利便性を目的として、人間の都合を中心にして作られたものでした。「自然との共生」とは全く逆なものです。「自然を殺すもの」といってもいいのかもしれません。有機農業こそ自然と共生して人間が生きさせていただける唯一の農法であることを再認識させていただきました。 |
講演会の当日の朝、槌田先生はいつもどおりご自宅の畑で農作業を終えてから、五条に来てくださったそうです。21世紀、私たちの生きる道筋は、出来る限り質素に暮らし、地球上の物資を大切に使って行くことです。先生は「便利な使い捨ては未来の子や孫の可能性を奪っていく。子供の幸せを本当に願うなら、大人が社会の問題を自らの問題として考え、できることからまず努力しなければならない。」と述べられました。 |
第二部では、ヨーロッパで活躍中のチェリスト五味敬子氏と、故梁瀬義亮前理事長の次女でピアニストの牧村照子氏の演奏がありました。帰国中の五味氏は、記念資料室の?(こけら)落としの為に、快く演奏を引き受けて下さいました。五味氏は牧村氏の長女でピアニストの英里子氏と京都芸術大学時代からの友人で、牧村氏は娘さんの友人と共演、という形になりました。 |
演奏会はチェロの独奏、バッハの無伴奏チェロ組曲から始まりました。チェロの音色については、宮沢賢治作の有名な童話「セロ弾きのゴーシュ」の中にこんな小さなお話があります。「母親に連れられてきた具合の悪い子ねずみが、母親の頼みでゴーシュのセロの中に入れてもらい、ゴーシュにセロを弾いてもらって、その振動との共鳴で病気が治る」というエピソードです。五味氏のセロの響きにはそんなお話を彷彿とさせるものがありました。演奏が終わると、五味氏の演奏に会場からは大きな拍手がわきました。 |
次にトロイメライやサン=サーンスの白鳥といった小曲がチェロとピアノで演奏されました。馴染み深い曲なのですが、心の奥に浸透してくるように響くお二人の息の合った演奏に、感動された方が大勢いらっしゃいました。また、二人の演奏家の心の交流が私たち聴衆の胸の中に、何かとても暖かいものを注ぎ込んでくれているようにも感じられました。 |
最後のセクション、ピアノの独奏は、ベートーベンのピアノソナタ・葬送、祈り、から始まりました。ベートーベンの曲は梁瀬先生とたいへんゆかりの深い曲ばかりです。旧制高等学校時代、理系に進まれた先生は近代科学が教える世界観と仏教が教える世界観とのギャップに大いに悩み、体調まで壊されたと伺いました。その先生の悩みに答えるかのように響いた曲がベートーベンの「運命」でした。そのときの事を先生は次のように綴っておられます。 |
「そのときの感動はもう筆舌に尽くしがたいものでした。喨々(りょうりょう)となるトランペットの響きは私に真理の実在を啓示し、勇気と生きる喜びを与えてくれました。(中略)ベートーベンの音楽によって私の魂にさしこんだ、あの光明の偉大さ。爾来47年間、私はベートーベンを慕い続けました。」 |
音楽によって、言葉では伝える事のできない何かを伝えることが出来る、先生は生前、よくそうおっしゃっていました。牧村氏の演奏は、そうした感動を静かに伝えて下さるものでした。 |
言葉では、伝わらない何かが、会場に伝わったからなのでしょうか。初めておいでになって「涙が止まらなかった。」とおっしゃる方、「普段は気づくことの出来ない、静かな世界がそこに広がっているかのようでした。」と表現される方、「美しい心が、あたり一面を領しているように感じました。」「暖かい光を感じ、そして梁瀬先生がおいでになっているように思われてなりませんでした。」と感想を述べてくださる方もいらっしゃいました。人によって表現は様々ですが、日常の忙しさの中では中々気づくことの出来ない「世界」を、それぞれの方がそれぞれの立場から垣間見たことは共通している、といえるのかもしれません。 |
一方、演奏者の五味氏は演奏後「あの会場から伝わってくる温かさは何なのでしょうか?」とその温かい感動の経験を牧村氏に伝えてくださったそうです。又、牧村氏は「会場にお越しの皆様はじめ多くの方々に支えられて弾かせていただきました。自分が弾いたというよりも、何か弾かされたという感じがします。本当にこのような場を与えられたことを心より感謝申し上げています。」としみじみと感動を語っておられました。 |
聴衆も演奏者もお互いが感動を共にする演奏会でした。梁瀬先生が亡くなられてから、はや、14年の歳月が流れました。「梁瀬義亮記念資料室」の完成を機に、益々先生のご遺志が後世の人々の心に伝わり広がらんことを祈るものです。
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